貧困とは、選択肢が持てないということ

投稿者: | 2020年12月20日

今日はM-1が放送されていました。お笑いはさほど好きではない自分ですが、これくらいは話のネタとして見ています。

個人的には錦鯉の長谷川が好きなので頑張ってほしかったのですが、二回目には残りませんでしたね。(目指すはM-1最年長優勝 バイト生活の漫才コンビ錦鯉)

今日のネタも面白いことは面白かったですがもっといいネタを持っているだけにもったいないな~と思いました。残念です。

彼は49歳というひときわ上の年齢で第7世代の親世代と名乗っていますがそれをまったく感じさせないのがいいですね。この年齢でバイト生活だと多少なりとも悲愴感がでてくるのですがそういうのからは程遠く見ていて面白いです。

お笑い芸人にたいしては厳しく言うことの多い自分ですがこういった人を楽しませる人は素直に応援しています。このところは「有吉ぃぃeeeee!」に出たりしていますが今後も頑張ってほしいですね。

その長谷川は上の記事にもあるように芸人をしているあいだ30年間貧乏生活をしていたわけですが、別の人が貧乏というのはどういうことかについて書いている次の記事を見かけました。(私が”普通”と違った50のこと〜貧困とは、選択肢が持てないということ〜)

実家が家賃1万5千円の県営住宅、父の年収が100万円という貧困家庭で育ったということで選択肢が無かったことを訴える記事でそこそこ見られています。

貧困は自己責任であるという論調はおかしいということで書いたようでなかなか考えさせられます。

ただ、いくら貧乏でも大学までは行けていますし人によっては笑い話で済ませてしまいそうなだけにこれが共感を集めるかどうかというのは疑問に思いましたね。

確かに金はないかもしれませんがそれくらいはしかたないんじゃないかというのが読んでみた印象でした。

もう大人ですし過去にとらわれていても不幸になるだけです。今に集中した方が建設的だと思います。

いつも見てくださってありがとうございます。 ブログランキングに参戦しています↓ モチベーションが上がりますので応援よろしくお願いします! にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です