児童が犠牲になる事件が続きますね。
今回の事件は犯人が死んでしまったので、何故事件を起こしたのかは結局わからずじまいですが、聞いても恐らく誰でもよかったというようなことを言うでしょう。
犯人が死んだということは世間に対して言いたいこともなかったということですし、単に自分の立場に不満があったから巻き添えにしたのだと思います。
言うまでもなく自分の生活に不満があるから、他者を巻き添えにするというのは到底許されません。
程度の差はあれ、みな現在の自分の立場を得るために努力をしていますし、自分が望んだポジションを得られなかったとしても、それについて一番責任があるのは自分であるということは間違いないでしょう。
とはいえすべてを自己責任であると片づけてしまうのは危険です。
というのは、やはり人間は生まれながらにして平等ではないんですよね。
容姿も能力も資産も生まれながらにして差があります。
容姿が悪いというのは障害ではありませんが、容姿が悪いというだけで3000万円の生涯収入の差が発生するというデータもあります。
こうした差を埋める何らかの手助けを考えなければならないという点にかんしては、行政にも責任があります。
恐らくこの手の突発的に人を殺すというような事件は今後も無くなることはないでしょう。
というのはこの記事(30代・40代「貯金ゼロ」が23%の衝撃、貯蓄平均額52万円減少も)にもありますが、貯金ができない世帯が増えているからです。
貯金がない人の老後は辛いものになる可能性が高いですし、不安も大きいでしょう。
こうした世帯に属する人は、守るべき立場や家族もないという人が多いと思います。
そうした人にとっては他人に害をなしたとしても、生活に何ら影響がありませんし、反省することもないでしょう。
格差が広がっている以上、今後もこういった事件は定期的に起こると思います。
とはいえ、日本だけがこうなっているというわけではないんですよね。
アメリカやヨーロッパなどでも同様に、誰でもいいので道連れにしたかったという理由で人を殺害する事件が発生しています。
格差が広がっているというのが一番の原因ですが、それと同時に自分が世間から必要とされていないと感じるからこういう事件を起こすのかなとも思います。
今の世の中は収入を稼ぐことができる人間こそ、価値があるという考えが強すぎです。
難しいかもしれませんが、金を稼がずとも人間には価値があるという考えを持つことが必要なのではないでしょうか。